神戸地方裁判所 昭和40年(行ウ)44号 判決 1969年3月07日
原告 大和製衡株式会社
被告 兵庫県地方労働委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者の求める裁判)
一 原告
(一) 被告が兵庫県地労委昭和四〇年第五、第六号不当労働行為申立事件について昭和四〇年一一月二四日付でした命令の内主文第一項(原告は労働組合総評議会全国金属労働組合兵庫地方本部大和製衡支部の組合員板倉弘和、同砂川良夫、同伊東祐則、同末重龍治、同横山昭、同岩佐吉一、同浜崎義一が右大和製衡支部の組合大会及び青年婦人部大会に出席するため原告会社構内に入場することを禁止してはならない。)を取消す。
(二) (訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
(原告の請求原因)
一 被告は、申立人右大和製衡支部(以下訴外組合と称する)被申立人原告間の兵庫県地労委昭和四〇年(不)第五、第六号不当労働行為申立事件について、昭和四〇年一一月二四日付で前記のとおりの主文第一項を含む救済命令を発し、同命令書は同月三〇日原告に交付された。
二 右事件は、原告が右板倉ら七名が職場における集団暴力行為のため懲戒解雇され従業員たる身分を失つたことを理由として同人らの会社構内への入場を拒否したところ、訴外組合は組合員である同人らが組合活動のために構内に入場するのを拒否し構内における組合活動を妨害するのは組合運営に対する支配介入となり不当労働行為であるとして被告に救済を申立てたものである。
三 被告は、右命令において解雇の理由の当否とは別に構内入場の当否を判断し得るとして、次のとおり認定判断した。
(一) 日本的特殊事情として、使用者はその企業の経営管理上の秩序を害しない限り従業員の事業所内における組合活動を認めなければならないという慣行が一般に承認されている。
(二) 原告会社においても、従来より組合はその活動を会社構内で行ない、組合大会その他組合の制度的会合を会社構内のホールや広場など一定の場所で開催し、また休憩時間その他就業時間外に各職場で随時自由に職場集会を開く慣行がある。
(三) 解雇によつて従業員たる身分を失つた者であつても、組合の自主的規範により組合員たる資格が認められる限り組合活動のため会社構内に入場する権利を有し、会社がこれを阻止するときは施設管理権の濫用であるのみならず組合への支配介入となり不当労働行為を構成する。
四 しかしながら、右命令は組合規約及び労働組合法の基本的解釈、事実の認識を誤つた不当かつ不法なものである。
(一) 右命令は、被解雇者の構内入場の当否を解雇の理由の当否ではなく組合員たる資格の有無にかからせ、板倉らの組合員資格を認めているが、それは誤つている。
命令のいう組合の自主的規範とは組合規約を指すものと解されるが、訴外組合の組合規約第四条は、「組合は原告会社の従業員で構成する。」と定め、従業員であることが組合員たる資格の唯一の要件であることを定めているのであるから、従業員たる身分を喪失すれば同時に組合員たる資格をも失うのは当然の理であり、第九条が退職したときは組合員たる資格を失う旨定めているのはそれを明確にしたものである。
なお規約第八条は、「組合の認めない理由によつて資格を奪われることがない。」としているが、これは後に続く九条、一〇条の具体的規定の前文として、これらの保証を理念的に宣言した抽象的規定にすぎない、すなわち、第九条によつて認めた理由以外の理由により資格を奪われることはないという趣旨に解すべきである。
従つて訴外組合の組合員資格の有無は従業員たる身分の有無を離れて判断することはできないものと解されるから、組合員たる資格を構内入場の根拠とすることはできない。
(二) 命令のいう労使慣行の意義が必ずしも明らかでないが、使用者のみが服従しなければならない慣行という限り、それは慣習法の性質を指すものと言わねばならない。命令はこの慣行をいかなる根拠に基づいて認定したのか何も示しておらず、独断と解するほかない。
また原告会社内の慣行を認定しているが、たまたまそのような事例があるとしても、それが会社の義務として承認しなければならない慣行としては成立していない。
仮りに右の慣行が存するとしても、命令のいうのは、その文言にもあるとおり、いずれも従業員たる身分を有する者が組合活動をする場合のことであつて、従業員たる身分を失つた者が会社構内で組合活動をすることの根拠とすることはできない。
五 以上のとおり、被告は板倉らに対する解雇の理由の当否を判断したうえで命令を出すべきであるにもかかわらず、その判断をすることなく、原告のなした被解雇者の構内入場拒否を禁止した命令は不当かつ不法であるから、その取消を求める。
(被告の認否及び主張)
一 請求原因第一ないし第三項の事実は認める。
二 同第四項は争う。本件命令は適法である。
(一) 従業員たる身分と組合員たる資格とは本来別個のものであり、解雇により従業員たる身分を失つた者であつても、組合員たる資格を有する限り、会社構内で開催される制度的な組合の会合に参加することや、その者が組合役員であれば団体交渉に出席するなどの組合活動をなし得るのは当然であるから、使用者がそれを妨害すれば不当労働行為を構成するのはこれまた当然である。従つて組合員資格が認められる限り、解雇の理由の当否を判断することなく構内入場の当否を判断できる。
(二) 訴外組合の規約第四、第九条を根拠にして従業員たる身分のあることを組合員資格の必須の要件と解するのは、第八条を含めた同規約全体の合理的解釈とはいえない。第八条は組合が認めない解雇すなわち従業員たる身分の喪失が当然に組合員たる資格の喪失に結びつかないための予防手段とみるのが労働組合の本質からみて素直な解釈である。従つて第四、第九条のような規約を有する訴外組合においても、少くとも被解雇者や組合が当該解雇を不当労働行為として争つている限り、被解雇者も組合員たる資格を失うものではないと解すべきである。けだし、そう解さないと労働関係の終了という重大な結果を招来する解雇について、組合員として組合の保護を受け得ないこととなり、労働組合の本質に反するばかりでなく、使用者が解雇を利用して組合に対する支配介入ができることになる。また解雇が無効であれば従業員たる身分及び組合員たる資格を保有しているわけであるから、解雇の効力の確定をまつて組合員資格を終了させることが法律関係を明確ならしめるからである。
(三) 被解雇者が組合活動のために会社構内に入場できるかについては、従来の組合活動が企業外で行われ、組合事務所も構内にない場合は別に考える余地がある。そのために労働慣行が判断の対象となるのである。我国のように企業別組合の場合は、原則として、組合活動は企業施設を利用して行われるのが慣行となつている。従つて会社はその従業員を中心として構成せられた組合が一定の範囲内において企業施設を利用して組合活動をするのを認容すべきである。そうでないと組合活動は停止し麻痺してしまうからである。
(四) 被告は原告会社においても従来から右のような慣行があるものと認めたのであり、被解雇者の組合員資格が前述のごとく認められる以上、従来どおりの組合活動は承認されるべきであると判断して、原告は板倉らが組合大会などに出席するため会社構内に入場するのを禁止してはならない旨の命令を発したものである。従つて本件命令には何ら不法不当なものはない。
(証拠省略)
理由
一 被告が訴外組合と原告間の兵庫県地労委昭和四〇年第五、第六号不当労働行為申立事件について昭和四〇年一一月二四日付で救済命令を発し、右命令は同月三〇日原告に交付されたこと、右事件は、原告が板倉ら七名に対し、同人らが解雇されたことを理由として会社構内への入場を拒否したので、訴外組合が被告に救済申立をしたものであること、被告は右命令において解雇の当否を判断することなく、被解雇者であつても訴外組合の自主的規範により組合員たる資格が認められることを理由として、原告は板倉らが組合大会等に出席するため会社構内に入場するのを禁止してはならない旨の命令を下したこと等の各事実は当事者間に争いがない。
二 被解雇者であつても、組合員たる資格を有する限り、組合活動に参加し得ることは認められなければならない。原告は、板倉ら被解雇者の会社構内入場の当否を判断するには解雇の当否を判断しなければならないと主張するが、その理由とするところは、訴外組合の自主的規範である組合規約によれば、被解雇者は組合員たる資格を失うということであるから、被解雇者の組合員資格が問題である。
そこでまずその点を検討する。
(一) 訴外組合の組合規約(甲第一号証の一)には、第四条に、組合は原告会社の従業員で構成する、第八条に、組合の認めない理由によつて資格を奪われることはない、第九条に、組合員は次の各号の一に該当した時は資格を失う、(1)退職した時、との規定があることは当事者間に争いがない。右第四条と第九条が表裏の関係にあることは明らかで、それとの関係で第八条をいかに解するかが問題であるが、組合規約の形式、趣旨からみて、第八条は第九条と独立した規定ではなく、第九条にかかる前文的抽象的規定と解するのが相当である。けだし、そう解しないと、組合員資格の喪失には組合規約で定めた組合員資格の喪失事由に該当する他に改めて組合の承認を必要とすることになり、その限りにおいて規約の具体的規定が無意味になつてしまうばかりでなく、退職という資格喪失事由が確定した後においても組合が不承諾を理由として組合員とすることもできることになつて、明らかに規約第四条に反する結果となるからである。
(二) しかしながら規約第八条を右のように解するとしても、第四、第九条を解雇の場合にそのまま適用することは問題である。被解雇者が解雇を承認している場合は問題ないが、解雇を不当として争つている場合には、その者が組合員として組合の保護を受ける最も大きな必要、利益があるにもかかわらずその保護を受けられなくなつてしまい、また組合もその解雇を不当と判断した場合にまでその者の組合員資格を否定することは組合にとつて自縛行為となり、労働組合の本質に反するからである。組合規約のもつ自主的内部的規範たる性質からみて、右条項がそのような結果を招来することを是認する趣旨とは解されない。まして解雇は告知により一応その効力を生ずるが、不当労働行為として無効であることもあるのであるから、少くとも解雇の効力が争われている場合には、その結論がでるまでの間組合員たる資格を持ち得るとする趣旨を含むと解するのが相当である。従つて板倉らは訴外組合の組合規約により組合員たる資格を認められる。
三 命令は、組合員資格の他に、労働組合は企業施設を利用して組合活動ができるという労使の慣行及び原告会社においても訴外組合は従来より構内で組合大会などを開いて来た慣行のあることを構内入場の当否の判断基準にしている。従来訴外組合が会社構内で組合活動をしていなかつたのなら、組合活動をすることが構内入場することに結びつかないからであるとしている。従来構内で企業施設を利用して組合活動をして来たことは、特別の事情のない限り現在(判断の時点)においてもその必要性があることを推測させるから、従来のやり方及び現在の必要性を考える意味において妥当である。
命令のいう「労使の慣行」は、それを使用者の義務とみるか、従来認容して来たから暗黙の同意を与えたものと推定され理由なく破棄できないものと解するかは別にして、企業内組合組織をとる我が国においては、原則として承認されているといえるし、「原告会社における慣行」も、それを慣行と呼ぶかどうかは別にして、そのようなことが行われていたことは成立に争いのない乙第八号証の三によつて認められるところである。
従つて、解雇の当否を判断するまでもなく、訴外組合の組合員たる資格をもつ板倉らは組合大会などに出席するため原告会社構内に入場し得るものと認められるのであり、原告においてそれを拒否することは、訴外組合に対する支配介入となり不当労働行為を構成すると認められる。
四 以上のとおり、被告が板倉ら七名の組合員資格を認め、訴外組合が従来原告会社構内で組合大会など制度的会合を開いていたことを認定したうえで、従来どおりの組合活動は認められるべきであると判断して発した本件命令には何ら違法不当は存しない。
よつて、原告の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森本正 日野原昌 谷岡武教)